テラコブログ

たまに戦車のプラモデルを作ります

SHIROBAKO 20話見ました

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今回は流れ的には「おれたち、なんでアニメ作ってるんだろう」っていう先週からの続きみたいな気がしましたけど、どうですか?

アニメでアニメ制作を語る効果
  • 社長が武蔵野動画に連れていく
  • 「あのころ」のアニメ関係者たち
  • アンデスチャッキー
  • ムサニの現状、それぞれの葛藤
  • サンジョ最終話
  • アリアと宮守

が、どんどんつながっていきます。ここのバックトゥバック感というんですかね、たまらなくよいですね!アニメでアニメ制作を語る効果が超超超超超ハマッっていると思う!アニメの登場人物が作ったアニメのキャラが作ったアニメの登場人物の心を動かし、その人が作ったアニメのキャラがまた……のように、それぞれの思いが波及していく。

師匠弟子、先生生徒の関係でなく、誰かがアウトプットしたものを、誰かが受け取ってアウトプットして……、みたいな影響。琳派って呼ばれている流れもそうなんですよね。俵屋宗達尾形光琳酒井抱一、個々には直接の面識等なくて作品を見た人が ドンドン影響を受けて「連なっているようにみえる」という。(先日、美の巨人たちで見ました)

「熱かったあの頃」と現在

アニメ制作という歴史あるものだと、「今アニメを作ってる人」たちにはかなり葛藤があると思うんですよね。「これ70年代の誰々さんがもうやってるじゃん!」とか「絵が動く本質的な楽しさはもう、過去の偉大なアニメーターたちがとっくにやり尽くされていて残ってないのでは」とか「その頃の◯◯監督 は世の中に言いたい事があったけれど、おれにはない」みたいなのって大なり小なりあるんじゃないですよか。

それとはちょっと違うかもだけど「高度成長期の成功体験で、それを今やれって言われても……」みたいなのもありますよね。そういうのをちょっと感じたりもしました。

前回の武蔵野動画・アンデスチャッキーから、現在のムサニ・第3飛行少女隊に移り変わっていくにつれ、なんかすごいそういうのを考えながら見ていて、刺さりました。SHIROBAKOってアニメ業界のはなしだけど、いろいろ人によって刺さるところが違う気がします。

こういうのって作る側の人からしたら、もっともっともっと!熱い考えや、それに対する葛藤があるんでしょうけど、きちんと語るべきことを語るけれど、適度な距離感というか、サラッと具合というか、くどくなりすぎてないと思いました。

平岡さんの「これから」はどうなるのか

平岡と円さんが衝突しましたけど、平岡の今後が楽しみですね。それにしても円さんが平岡にいった「おまえの連れてきたアニメーター全員使えねえんだよ!」というのは、ナルホド!と、ズシンときましたね……。朱に交われば赤くなる。類は友を呼ぶ。人と人とのつながりが生命線、会社に机があっても全員が個人事業主みたいな感じで描かれているし、そうなんだろうなあ……。

来週は「理想郷の制作現場」へのセルフつっこみが?

武蔵野動画とムサニ、劇中ではモノづくりに妥協のない、クリエイターたちの理想郷みたいに描かれてますが、これ、見てる側がつっこむより先に、作ってる側が一番「こんな現場ありえねーから!」とつっこんでるだろうなあ、と。しかし、それでも作劇上そのほうが「便利」だし(ムサニ全員平岡やタイタニック状態だとねえ、それはそれで見てみたい気もしますけど)、なによりせめてアニメの中だけでは理想郷でいたいじゃん!っていうのがあるのかなあ。これは風立ちぬの三菱の描き方もそうかなーって思います。

来週のサブタイトルから想像するに、そういった今まで描いてきた「理想郷の制作現場」にどういう角度かはわからないけど、作る側からの回答が描かれそうですね。楽しみ。

白箱の本

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